『スイス・グリーン・フォレスター』
ロルフ・シュトリッカー氏
の紹介

昨2010年はスイス最大であるチューリッヒ市の遠隔集中暖房給湯施設(コジェネ)のエネルギー源を天然ガス/重油からウッドチップに換える改築が実行され10月の冬のシーズンから稼働し始めた。ロルフ・シュトリッカー氏は20年前にその先鞭をつけたわけだ。

■(文責:山脇正俊)

名前:ロルフ・シュトリッカー Rolf Stricker

生年月日:1964年01月12日(2015年09月現在 51歳)

出身地:スイス連邦 チューリッヒ州 ヴィンタートゥール市

現職:チューリッヒ州 バウマ村 フォレスター(公務員)

学位:スイス連邦認定 フォレスター学位(森林管理のマイスターに相当)

経歴:

 1980-83:森林管理員実習

 1983-87:チューリッヒ州 ユトゥリベルグ地区 森林管理員(公務員)

 1985:カナダで研修

 1987-1988:マイエンフェルト・フォレスター学校(スイス国内に2校ある)

 1988:スイス連邦認定 フォレスター学位取得

 1988-1990:フリーのフォレスターとしてチューリッヒ州でコンサルティング業務

 1990-2014:ヴィラ村/シュテルネンベルグ村 フォレスター

 2015-:町村合併により現職

   2010:日本ツアー 1(10/22〜11/14)

   2011:日本ツアー 2(09/01〜30)

   2012:日本ツアー 3(08/04〜09/04)

   2013:日本ツアー 4(07/13〜08/20)

   2014:日本ツアー 5(05/12〜06/20)

   2015:日本ツアー 6(06/16〜30)

   2016:日本ツアー 7(予定)

ロルフ・シュトリッカー氏の紹介

ロルフ・シュトリッカー氏はチューリッヒ州内を7つに分けた中の第3地区に所属する13人のフォレスター(森林管理官)の1人だ。バウマ村の公務員で、ヴィラ村/シュテルネンベルグ村の森林管理を担当して今年で25年の経験を持つベテラン。フォレスターとはスイス連邦が認定したフォレスター学位の取得者で、普通は市町村の公務員。森林管理のマイスターに相当し、エコノミー(林業経営)、エコロジー(生物多様性)、リクリエーション(散策・森林浴・リフレッシュなど)、飲料水保護、安全性、持続性などの並立を目指す新しい総合的森林管理のコーディネーターだ。


ロルフ・シュトリッカー氏はチューリッヒ州のフォレスター組合の幹部役員を長く務め、それまでエコノミー(林業の経済面)に傾きがちだった森林管理にエコロジー(生物多様性や持続利用など)の新しい概念を持ち込んだ張本人の1人でもある。この新しい森林管理を『近自然森づくり』という。そんなことから、フォレスター仲間では『グリーン・フォレスター』として有名だ。今、130人のチューリッヒ州内のフォレスターの約10%が『近自然森づくり』を積極的に推進し、80%が新しい森林管理に興味を示し、残りの10%が従来の経済偏重の林業に固執していると言われる(ロルフ・シュトリッカー氏談)。ロルフ・シュトリッカー氏はこの新しい森林管理のパイオニアでありオピニオン・リーダーでもある。早くから生物学・生態学などを独学し、野鳥保護や自然保護など様々なNGO(市民団体)やチューリッヒ州建設局自然保護課などと太いパイプを持つ。現在、自らの担当地区内において、チューリッヒ州自然保護課やスイス野鳥保護連盟、プロ・ナトゥーラ(スイス自然保護同盟:スイス最大の自然保護団体)、WWFスイスなど、多くのNGOと7つの分野で50にのぼるプロジェクトを走らせている。また請われて毎年あちこちで講演会も開き、生物多様性などをテーマとした研修会やエクスカーションを提供している。

今、チューリッヒ州が1995年から推進する生物多様性を増そうというプロジェクト『Lichter Wald(陽光林:天然更新をベースとした光の入る明るい複層混交林)』を州内で最も多く創り出している No.1 フォレスターでもある。ただし、彼の場合はエコロジー(生物多様性)だけではなく、エコノミー(林業経営)をも絡めて考えている点が独自と言えよう。そしてそれこそが我々の目指す『近自然森づくり』だ。

ロルフ・シュトリッカー氏はヴィラ/シュテルネンベルグ両村の約850ha(所有者は300を越え、標高555m〜1,073m)の森林を1人で担当し、自ら作業員は持たず、全ての作業(高性能マシーンや作業員なども)を外注する。担当地区内において、毎年6,000〜7,000m3の木材を生産(成長量は約9,000m3)し、収入は約60スイスフラン/m3、総経費は約50スイスフラン/m3、つまり純益約10スイスフラン/m3ほどを生み出している。この値は決して大きくはないが、この20年間にスイスでの木材価格が50%ダウン(半減!)したこと、そして2005年からは連邦や州からの林業への補助金が実質的にゼロになったことを考慮すると、いまだに利益を生み出し続けていることは奇跡的ですらある。


健全経営のための決め手はハードではなくソフトだ、と彼は強調する。『近自然森づくり』に日本で未知の林道建設手法や伐採機械が存在するわけではない。最も重要なのは多くの森林所有者との連携とそのコーディネート。つまりバラバラになりがちな伐採・販売を統合してマネージメントすること。第2は木材のクォリティーと需給の把握と適切な売買。つまり高く売れる木を高く買ってくれる所へ適切な時期に伐採して売ること。そのために、生まれ故郷のヴィンタートゥール市に木材競売システムを共同で作り、毎年1回2月にインターネットを最大限活用して競売を行う。彼の担当地区内において、毎年20〜50m3の高級木材(銘木)が出るが、2012年には波模様の入ったウェイブ・メープル(ヨーロッパカエデ/シカモアカエデ)がこの競売システムにおいて約90万円/m3の高値を付けた。このウェイブ・メープルは突然変異種なので、伐ってみなければ分からない。しかしながら、この突然変異が沢山出るような人為的操作はしない。希少価値が薄れ、価格が暴落することが明らかだからだ。そうなると、全ての努力と投資が無に帰する。

ロルフ・シュトリッカー氏の経歴

スイスで最も高く売れる波模様の入ったウェイブ・メープル

『生物多様性』をテーマとしたエクスカーションで『陽光林(Lichter Wald)』について説明中のロルフ・シュトリッカー氏(2010.06.12.)

また急勾配の林地では採算を考えた場合、皆伐(ある面積の木を全部伐る)をしてはならない。それは1本の木を伐採して持ち出す手間と経費は、その木が高かろうと安かろうとほぼ同じだからだ。つまり、経済面からも択伐(木の1本1本を選んで伐る)は必須なのだ。そしてスイス・チューリッヒ州では法制化されている。つまり、皆伐が禁止されていると同時に、フォレスターがマーキングした木々以外の木を伐採してはならないのだ。それがたとえ自分の所有林で個人用の物であってもだ。


健全な林業経営にとって機械化などの近代テクノロジーも重要ではあるが、ここでは伐採などの作業の種類や現場の状況に合わせて、いつどこに何を投入するのかの判断が死命を決める。それを間違えると逆に経費増というしっぺ返しを喰うからだ。スイスでは高性能林業機械のリース代金はオペレータ込みで1時間7万円にのぼることもあるので、適切な選択と事前の準備作業(準備が不完全だと、マシーンのスピードに作業員がついて行けず、マシーンをいたずらに遊ばせて経費増になる)が不可欠である。


その意味からも、高性能マシーンの導入(購入)は慎重に考慮する必要がある。マシーンの稼働率を上げてその投資を回収するために、伐採量が増えたり森づくりが変わりがちだ。


また林道や作業道の整備も要注意。その高額な建設費や維持管理費が折角の利益を喰ってしまい経営を圧迫する結果となり兼ねないからだ。ここでは林道や作業道のシステマティックなプランニングが最も重要だ。そして必要最低限に抑えること。


今彼は、立ち木の情報をGIS(地理情報システム)に落とし込むテクノロジーを導入するために新しいシステムを勉強中だ。今までその情報は彼の頭の中に温存(彼は担当地区のほとんど全ての木々を把握している)されていて、他の人たちが活用することができなかった。それを公開しようというのだ。そうすることが森林や木材に関わる多くに人たちの利益になり、ひいては林業(生産、加工、流通、消費の環)を活性化し、さらには地球環境を健全化することにつながると信じている。


ロルフ・シュトリッカー氏は現職についた1990年当初からバイオマスとしての木材の新しい利用法の研究も進め、ヴィラ村では当時計画が進んでいた重油による地域暖房給湯施設のエネルギー源をウッドチップ(価値の低い木材を粉砕した物)に換えさせることに成功した。石油の安かった当時は多くの仲間たちに『気が狂ったか!』と言われたようだが、石油の価格高騰が現実の物となった今は多くの人たちに感謝されている。

1977年より稼働中のスイス最大の遠隔集中暖房給湯施設

10,000世帯分の熱と5,000世帯分の電気を供給する

2010年、主熱源を天然ガス/重油からウッドチップへ転換した

(Wikipedia の写真を加工)